図書館事業の必要性
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図書館事業の必要性

 SVAプノンペン 図書館事業課

 I              対象国の教育分野の背景

   1970年から1991年のパリ和平合意に至るまでの約20年間、カンボジアは長期に及ぶ内戦を経験した。特に1975年4月から1979年1月の3年8ヶ月に及ぶポル・ポト政権時代において、それまでの文化や価値観が否定され、教育・文化・宗教活動が禁止となった。教育の必要性を否定したポル・ポト政権は知識人及び教育関係者を虐殺し、教育施設の破壊を行った。この時代に、それまでいた小学校教師の8分の7、中学校教師の10分の1、また9割の芸術家が命を奪われる結果となった[1]。また、書物は「知識を与えるもの」として燃やされた。

  1991年の和平合意以降、教育分野の環境整備が国の重要課題の1つとなっている。特に教員の数的、質的な問題は内戦終結以降深刻な課題点である。数的な問題を解決するために、カンボジア政府は短期の研修を行ってきた。しかし短い研修期間や研修の質の低さなどから、多くの教員は十分なトレーニングを受けていない。この研修は基本的な読み書き、計算の能力保持者を対象に行ったので、現職教員の約2分の1[2]は中等教育以下の教育しか受けていない。教育省の予算の不足により、現職の教員に対するトレーニングもあまり行われていない。

  カンボジアの全人口は11.4百万人で、その42.8%[3]14歳以下の子どもが占めている。人口増加率も年2.4%と高い数字となっている。このために、学校の絶対数、教材、備品の不足が深刻化している。カンボジアの教育省が1998年度の統計をもとに分析した結果によると、全国で不足している小学校教室の数は12,288教室とされている。これに対応するために小学校では2部制、3部制をとって対応をしているが、中には1教室に100人の生徒が授業を受けている例もある。技術が不足している教員と不適切な教育環境は、子ども達の学習意力を妨げる原因となっている。

 II           図書館の現状

   1992年以前、図書館は設置している小学校は1校もなかった[4]。1995年、カンボジア政府はクラスタースクール制度(学校群制度)を導入した。5から10の小学校が1つのクラスター(群)を作り、その中で備品の貸し借りや、定例ミーティングが行われている。すべての学校の中心に位置し、他の学校と比べて規模が大きい学校1校をクラスターの中心校として選択する。カンボジア政府はこの中心校に、教材の保管施設、教材図書館、学校図書館の設置を呼びかけている。また、図書館や図書室が設置できない学校のために、図書箱に本をいれて巡回する移動図書館活動を進めている。UNESCOカンボジアによると、現在でも小学校児童の90%は図書館を利用したことがない。また図書館が設置されても、図書館員の育成トレーニングなど、必要事項の改善がこれから進められるべき課題として残っている。

 III        事業の必要性及び妥当性

 1)  出版事業

  1953年フランスからの完全独立後、カンボジアの文学界における創作活動が活発化し、1950年から1975年の25年間に1000作近い小説が出版された[5]。しかし内戦中多くの作品が失われ、1975年以前の出版されていた書物の半分は現存していない。1990年になっても、国立図書館には300冊の本しか残っていなかった。

  小説家や絵本作家も内戦中に殺戮の対象となり、現在活動している作家の数は限られている。現在「クメール作家協会」では小説家の育成を行っているが、絵本作家や児童文学作家のトレーニングを行っているところはない。絵本の出版を行っている出版社はなく、子ども向けの雑誌を作っている出版社が1社あるのみである。

 

2)  識字教育と副読本開発

  カンボジア政府は、1994年に教育に関する円卓会議を開催し、その中で「1996年〜2000年:基礎教育投資計画」を発表した。政府はカンボジアが抱える問題点として、識字率の低さを指摘するとともに、その原因の1つとして印刷物の絶対数の不足をあげている。印刷された教材は、生徒の読書習慣の向上、言語の習得、そうして国全体の識字率の向上に役立つと言うのが政府の見解ではあるが、今だその絶対数の不足、印刷された本の質の悪さ、また教員が受けるべき本の使い方に関する研修の機会の少なさなど問題も多い。      

  この投資計画の中では、識字率の向上のために教科書以外の副読本の開発を行うこと、そのために、児童絵本の作家など読書や教育の専門家が委員会を組み、カンボジアの歴史や民話をもとに副読本の編集、出版を行なっていくことが望まれている。また副読本の編集方法として、本の中に適切な絵がつけられ、子どもの興味をひくために4色刷りで印刷されることが目標として明記されている。

 

対象地域での識字率[6] (7歳以上を対象にした識字率)

 

合計

男性

女性

プノンペン市

82.7%

88.1%

77.7%

カンダール州

68.8%

76.4%

62.0%

タケオ州

60.5%

70.6%

51.7%

コンポンチュナン州

58.9%

67.4%

51.6%

バッタンバン州

65.5%

72.4%

58.0%

スヴァイリエン州

67.1%

77.7%

58.1%

カンポット州

59.3%

68.2%

51.4%

プーサット州

62.2%

70.1%

55.1%

 

3)  図書館員及び教員養成

  教育省の予算は国家予算の8.33%で、その内の60%が教職員の給与に当てられている。それゆえに、内戦後に短期のだけで学校へ配属された教員の研修に予算が割けないのが現状である。

 

対象地域での教員の教育レベル[7] (人)

 

小学校卒

中学校卒

高校卒

大学卒

プノンペン市

127

3489

1451

1174

カンダール州

156

4961

942

336

タケオ州

154

3775

797

306

コンポンチュナン州

154

1536

265

99

バッタンバン州

370

3030

896

275

スヴァイリエン州

121

2256

353

76

カンポット州

140

2291

680

178

プーサット州

82

1519

296

82

 

  1996年度よりそれまで5年制であった小学校が6年制となった。この年にカンボジア教育省は、それまで教授法として広く用いられてきた教師が中心となる学習法を見直し、生徒が中心となって授業を進めていく方法(児童中心学習法)の推進を決定した。以前は教員が授業中に講義を行い、生徒が教師の講義や黒板を書き写すという授業方法を取っていた。しかし児童中心学習法では、授業中生徒に積極的に発言・参加をしてもらい、教員はファシリテーター(進行者)としての役割を持つ。しかし多くの教員はこの教授法の研修を受けた経験がない。カンボジアの教育省は、子どもと語り手の対話を促す図書館活動は、この児童中心学習法の1つの方法であると述べている[8]

  現在、小学校教員養成学校のカリキュラムの中にストーリーテリング(読み聞かせ)の時間が組み込まれている。教員養成学校の学生は2年生時に15時間、おはなしの理論と実践を学ぶ。しかしストーリーテリングを教えることのできる教官の不足から、実際このカリキュラムに従って授業を行っているのは、タケオ州教員養成学校のみである。

  教育省は図書館の設置をクラスターの中心校を中心に進めているが、図書館員の絶対数が不足している。また就学年齢児童の増加、それに伴う生徒数の増加のために、教員が図書館員を兼ねている例や、教員同士がローテーションを組んで図書館員を行っている例が見られる。それゆえに、図書館員だけではなく教員が図書館活動や管理に関する研修を受けることが重要視されている。

 

対象地域における図書館員の数[9]

対象地域名

学校数

生徒数

図書館員数

プノンペン市

160

230,796

89

カンダール州

550

255,316

107

タケオ州

514

198,560

100

コンポンチュナン州

250

82,613

21

バッタンバン州

458

175,911

90

スヴァイリエン州

298

118,163

29

カンポット州

330

125,375

25

プーサット州

217

72,863

20

この学校数、生徒数及び図書館員数は小学校、中学校、高等学校の合計。

 

4)  教育内部効率(進学率が増加し、留年率と落第率が減少する)

  カンボジアが抱える問題の1つに小学校入学後の進級率の低さ、留年率及び退学率の高さがあげられる。これは、不適切な教室環境、教師の質の低さ、学校及び教室の絶対数の不足による通学時間の長さや学校までの距離、両親の教育に対する関心の薄さ、子どもを持つ家庭の貧困が主な原因となっている。またカンボジアが5歳から24歳を対象にして行った調査によると、退学者の7.7%は「学校が好きではない」という理由で退学をしている。学校を増やすという数的な解決と同時に学校を魅力のある場所にしていくことが問われている。特に小学1年生から2年生への進級率の低さ(48.4%[10])は、教育省が改善すべき最重要課題となっている。退学率の高さが国の識字率の低下を招く可能性が懸念されている。

 

教育内部効率指標[11] (%)

 

学年

進級率

留年率

退学率

96-97

97-98

96-97

97-98

96-97

97-98

1年生

46.9

48.4

41.2

40.9

11.9

10.7

2年生

58.1

61.0

26.7

24.9

15.2

14.0

3年生

65.9

67.4

19.2

18.5

14.9

14.1

4年生

70.0

71.9

12.6

12.2

17.4

15.9

5年生

71.3

76.3

7.2

7.5

21.5

16.2

6年生

77.6

82.1

4.4

3.8

18.0

14.1

 

5)  カリキュラムとおはなし

  1997年、初等教育のカリキュラムの中におはなしの時間が組み込まれた。それによると土曜日の1時間、教師が生徒におはなしを行うことが示されている。今年度のカリキュラム改正に伴い、それまで1時間だったおはなしの時間が、2時間から3時間[12]に延長された。このおはなしの時間には、教師は絵本や教材、または教材を使わず自分の声と体や表情の動きを使っておこなう「すばなし」などの方法を用い、自分の好きな物語をしてもよいことになっている。また教員用の指導要綱にはおはなしの例や語り方などが記載されている。おはなしがカリキュラムに組み込まれた理由として、子ども達の語学力(聞く、話す、読む、書く)の向上、想像力や思考力の向上があげられている。

  2000年1月4日、5日に幼稚園のカリキュラム改正に関する会議が行われた。その中でも、子ども達のクメール文学への導入、正しい語彙の取得、社会生活に必要な道徳の習得と善悪を考慮し行動できる人間の形成、忍耐力や勇敢さの向上、思考力と計算力の向上、子ども達が教育を受ける環境の拡張を目的として、おはなしを毎週行うことが話し合われた。

  これらのカリキュラム改正に従い、おはなしを行う教員及び図書館員のトレーニングが緊急課題となっている。

 

以上が図書館活動の必要性である。今回は教育省から発行された文献をもとに必要性を導き出した。しかし考慮すべき点としては、個人個人が多様な視点から図書館活動の必要性を説いている可能性があることである。以前インタビューをした図書館員は、人間の心に平穏が得られるので図書館活動はこの国に必要な物であると定義した。それゆえに個人の状況、置かれている地域の社会環境、生活状況などから各個人が定義する「図書館活動の必要性」は異なるものであると予想される。



[1] SVA「カンボジアの教育支援に向けて」東京、SVA,1994p6.

[2] Ministry of Education, Youth and Sports, Education Statistics & Indicators 1998/99 (Phnom Penh: Department of Planning, 1999)

[3] Ministry of Planning, General Population Census of Cambodia 1998 (Phnom Penh: Ministry of Planning, 1999)

[4] UNESCO, Towards the 21st Century National Strategy (Phnom Penh: UNESCO, 1998), 34.

[5] Tham Seong Chee, eds., Essays on Literature and Society in Southeast Asia: Political and Sociological Perspectives (Kent Ridge: Singapore University Press, 1981), 62.

[6] Ministry of Planning, General Population Census of Cambodia 1998 (Phnom Penh: Ministry of Planning, 1999)

[7] Ministry of Education, Youth and Sports, Education Statistics & Indicators 1998/99 (Phnom Penh: Department of Planning, 1999), 20.

[8] Interview: Nath Bunroeun, Director of Teachers’ Training Department, Ministry of Education, Youth and Sports. Phnom Penh, 5 November 1999.

[9] Ministry of Education, Youth and Sports, Education Statistics & Indicators 1998/99 (Phnom Penh: Department of Planning, 1999), 21.

[10] Ministry of Education, Youth and Sports, Education Statistics & Indicators 1998/99 (Phnom Penh: Department of Planning, 1999), 41.

[11] Ministry of Education, Youth and Sports (1999)

[12] 各学校が2時間か3時間かを決める。