新しい教科書づくり委員会趣意書

教育とは、国の未来を担い21世紀に羽ばたく子供たちが、伝統と文化に培われた日本固有の知恵に触れ、人間として健やかで豊かに育ち幸せになってほしい、との願いを込めて教え育むものだと思います。しかしながら現在小中学校で使われている歴史教科書はあまりにも自虐的で悲惨きわまりない状況にあります。このようなひどい内容で本当に21世紀に生きる日本の子供たちの教育ができるのかを危惧し、我々大人たちに今の現況を認識してもらい、歴史に対する意識、日本人である意識をもってもらうことを目的にこの本を出させていただきました。

歴史とは、華やかな光の部分と陰惨な影の面があります。現行の教科書は日本の歴史を暗黒にしか表現していません。たとえば文化華やかに隆盛した平和な江戸時代をも、抑圧された暗黒史観でしか描かれておりません。近代においては、外国に対し永遠に謝罪しなければならない原因を作った惨憺たる時代だと一方的にそればかり教えられるのです。このような教育では、子供たちに必要のない原罪を背負わせ、自信を喪失させ、卑屈にしか育てる事ができません。これは教育の在るべき姿ではありません。 

本来人は輝かしい面と愚かな面を持ち合わせた動物的な生き物です。歴史教育とは過去の史実に基づいた誇るべき光の部分と影の部分を同時に学び、今を知り未来に備える為のものだと思います。闇の部分だけをあまりにも大きく取り上げ、光の部分はほとんど取り上げない。蒙古襲来は「侵攻」、秀吉の朝鮮出兵は「侵略」と書き分ける。初代総理大臣である伊藤博文の肖像も考えも載せないで、暗殺者の安重根の顔写真や祖国での英雄扱いを巻頭カラーグラビア1ページを割いて印象づける教科書もあります。この行き着く先がどこなのか真剣に考えねばなりません。

思想が人を幸せにするのなら、いろいろあっていいと思います。歴史観の違いにより世界観にも2つの見方が並立します。「人類は宗教や民族を越えた世界国家という究極の理想をめがけて進むべきである」という理想主義に立脚した見方、「人類は異なった民族がそれぞれの独自性を保持しながら共存共栄する社会を目指して進むべきである」という現実主義の世界観が存在します。しかしながら、この2つの世界観は決して相容れることはありませんし、共通の「歴史認識」を持つことも所詮無理なことです。なぜなら相手には相手の立場があり、我々には我々の立場も見方も歴史も在るからです。相手は自分とは違うということを原点におかないと相手を理解することはできません。善悪の基準は時代によって、立場によって異なります。平和時の価値判断で過去の歴史を評価する事は誤りであるといえます。

教育的見地から見ても、現行の教科書が多感な青少年に与える悪影響は大であるといえます。私たちの健全な常識の価値観に照らした、バランスの良い理想的な世界標準の教科書が今必要とされています。事実をねじ曲げないで伝えるだけで、子供たちは誇りを持った、たのもしい人間に育つと確信します。自らが誇りを知り体験することで、他の国の人の誇りを尊重することができるようになるのです。韓国には韓国史があっていいとおもいます、中国には中国史があって当然です、同じように日本には日本人の視点から見た日本史があらねばなりません。そんな教科書が本当に必要とされていることを、メンバーにまた広く一般にも訴えたくこの本をだしました。どうぞ皆様のご理解を心からお願い申し上げます。

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